★1997年10月廃止(京津三条-御陵間)★
地下鉄東西線に乗り入れるルートに切り替わる前、三条まで自社のルートを持っていた京阪京津線の三条・蹴上駅などの記録です。併用軌道を走る区間が多く、一般鉄道タイプの車両が道路上を走る様子はなかなかインパクトがありました。
京津線 京津三条-京阪山科 5.2km |
京津三条けいしんさんじょう京津線に初乗車したのは1997年8月の事で、2カ月後に地下鉄との乗り入れが始まって三条から御陵までが廃止になるというぎりぎりのタイミングだった。京阪本線の三条駅が地下駅になってしまったため、同駅と区別するために「京津三条」と名前を変えた駅のホームで列車が発車待ちをしていた。ホームには路線の廃止に伴う回数券の扱いについてのお知らせが張り出されていた。
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1987年の三条駅初めて京津線を見たのは1987年の高校の修学旅行(自由行動日)の日のこと。この時は三条から京阪本線に乗っており、京津線は乗らなかったが、普通の列車の車両なのに駅を出てすぐ道路に繰り出す路線の姿が新鮮で、しっかり写真には収めておいた。この当時は京阪本線も地上にあって京津線も「三条」駅を名乗っていたが、この2か月後に本線の駅は地下化されている。 |
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京津三条を出発京阪三条を出たところで、道路上の併用軌道を行く京津線の列車。 |
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東山三条ひがしやまさんじょう |
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東山三条-蹴上間にて東山三条-蹴上間の県道を走る京津線の列車。修学旅行で知恩院を訪れて、その後の自由行動時間の時に県道まで足を延ばして列車が来るのを待ち構えて撮影した。 |
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蹴上けあげ1997年8月の訪問時にこの駅で集中的に列車を撮影。道路上にある路面電車の停留場のようなスタイルの駅に列車が停まる。列車の車高が高いため、駅に停まる列車にはドアにステップが付いていた。準急で使われていた列車はこのステップが無く、停留場タイプの駅は通過していた。 |
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蹴上駅に到着する列車。 |
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蹴上から九条山方面へ向かう区間のカーブ。この先は道路脇の専用軌道に続いている。この区間には66.7‰の急勾配区間があった。 |
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蹴上インクライン琵琶湖疏水で船による輸送行っていた時代に、落差が大きくて船で移動できない区間を舟ごと運ぶため造られた傾斜鉄道。利用されていたのは1948年までで、その後に国の史跡として整備されていた。このインクラインは今でも保存されている。 |
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九条山くじょうやま |
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日ノ岡ひのおか |
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御陵みささぎ |
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京阪山科けいはんやましな1997年の京阪山科駅。一つ手前の御陵から京阪山科までは御陵の地上駅が無くなって途中までは地下化されたが、京阪京津線の路線としては健在。当初は京阪山科までを地下鉄乗り入れ区間にする予定だったが、構造的に無理だったために一つ手前の御陵からの乗り入れとなったらしい。
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