元「加越能鉄道」。同社が利用客減少と経営悪化を理由に廃止の意向を示したため、第三セクターの会社が2002年にこの路線を引き継いで今日に至ってます。路線名の「万葉線」がそのまま会社名に。ちなみに会社名と路線名は高岡の伏木に赴任した大伴家持が、「万葉集」の編集を行ったことにちなんでつけられています。路線後半の写真は加越能鉄道時代のものです。
高岡軌道線 | 高岡駅 - 六渡寺 | 8.0km |
新湊港線 | 六渡寺 - 越ノ潟 | 4.9km |
万葉線(高岡軌道線) 高岡駅-六渡寺 8.0km |
高岡駅たかおかえき元は高岡駅前にあった停留場を2014年に移転し、高岡駅への直接乗り入れを果たした。あいの風とやま鉄道の高岡駅ホームからその姿を見ることが出来る。
|
||||||
駐車場のアプローチのような場所を通って駅前へと出る。 |
|||||||
駅前を行く万葉線駅前通りの単線の線路を突き進んで行く電車。加越能鉄道時代はくたびれた車両が走っていたが、万葉線になりスタイリッシュな車両に様変わりしていた。 |
|||||||
末広町すえひろちょう駅前通りの真っ只中にある停留所。 |
|||||||
交差点を曲がる駅前通りを400メートルほど進んだところで、交差点を曲がり北東方向に進路をとる。 |
|||||||
片原町かたはらまち道路が狭い上に上下線の線路が分岐しており、スペースが無かったためか乗り場に安全地帯の無い停留所。 |
|||||||
道路上に安全地帯が無いために、アーケードとなっている歩道に万葉線の停留所を示すポールがある。 |
|||||||
坂下町さかしたまち |
|||||||
急患医療センター前きゅうかんいりょうせんたーまえ訪問当時は本丸会館前という名前の停留場だった。2014年3月に今の停留場名に改称。 |
|||||||
広小路ひろこうじ |
|||||||
志貴野中学校前しきのちゅうがっこうまえ加越能鉄道時代に降り立ったことのある停留所。駅の近所のインドカレー屋さんで夕食を食べた。 |
|||||||
市民病院前しみんびょういんまえ |
|||||||
江尻えじり江尻の停留所。 |
|||||||
この区間は複線になっている。 |
|||||||
旭ヶ丘あさひがおか |
|||||||
貨物線と平面交差日暮れに撮影した写真なのでかなり見にくいが、以前萩布と旭が丘の間にあった貨物線と直角に近い形で交差する区間。今は貨物線側の線路は撤去されてしまっていると聞く。 |
|||||||
荻布おぎの |
|||||||
新能町しんのうまち
|
|||||||
米島口よねじまぐち米島口の停留所を過ぎ、それまで道路上を走っていた線路が専用軌道に入る分岐点。写真は2000年当時のもの。2007年に副名「アルビス米嶋店前」が付いたらしい。 |
|||||||
加越能鉄道時代の車庫米島口に隣接していた路面電車の車庫。 |
|||||||
道路と平行して進む米島口から能町口までは道路から離れ、道路と並行して進む。その間にJR氷見線の上をまたぐ。 |
|||||||
橋を通過する列車港の船をバックに橋の上を突っ走る路面電車。 |
|||||||
貨物をオーバークロス水田の脇に伸びる貨物線の上をまたいで走っている。 |
|||||||
能町口のうまちぐち米島口からの橋を渡った先にある停留所。カーブする線路の脇にホームがある。 |
|||||||
狭い通りを行く能町口から中伏木までは再び道路上を通る。周りに工場が立ち並ぶ通りの真ん中を通っていく。 |
|||||||
新吉久しんよしひさ |
|||||||
吉久よしひさ |
|||||||
中伏木なかふしき |
|||||||
六渡寺ろくどうじ |
|||||||
万葉線(新湊港線) 六渡寺-越ノ潟 4.9km |
庄川口しょうがわぐち |
||||||
西新湊にししんみなと |
|||||||
新町口しんまちぐち |
|||||||
中新湊なかしんみなと |
|||||||
東新港付近東新港付近の工場の塀と道路に挟まれた線路上を突っ走る路面電車。 |
|||||||
東新湊ひがししんみなと |
|||||||
海王丸かいおうまる名前の通り海王丸パークへの最寄り駅。海王丸パークへは北へ300メートルほど。 |
|||||||
越ノ潟口跡海王丸と越ノ潟の間にある使わなくなった停留所の残骸。1990年まで越ノ潟口という名前の停留所があったが、それが海王丸停留所に移転し、越ノ潟口のホーム跡が残ったようだ。 |
|||||||
越ノ潟こしのかた万葉線の終点。かつては射水線として、新湊・新富山方面へ路線がつながっていたが富山新港の建設により分断、対岸の路線は1980年3月末で廃止となり、万葉線側のみが残る形となっている。 |
|||||||
ホームの先に富山新港の渡船乗り場がある。 |
|||||||
富山新港の渡船かつて線路で結ばれていた越ノ潟と新港東口を結んで富山新港を航行する富山県営渡船。新港東口側は鉄道自体が無くなり、さらに富山駅との間はバスで結ばれている。 |
1996年に北陸を旅行した際に泊まったホテル。「アルファワン」ホテルは全国各地にあるようですが、たいてい駅から近くて値段もリーズナブルで、アメニティ設備も充実していた記憶があります。
ROOM-P内検索
高岡駅乗り入れの前に駅前広場の真っ只中にあった2009年頃の旧・高岡駅前の停留場。1本だけのホームを構えていた。
駅を出ると大きくカーブし、駅前通りを進んでいた。
2000年訪問時の夜の高岡駅前停留場。この時はまだ加越能鉄道の時代だった。
夜の高岡駅前の商店街に延びる万葉線の線路。
初の訪問時は1996年。